ハレルヤ!みなさま。急に秋らしくなりましたね。あんなにも暑かった夏を忘れてしまうくらいの涼しさです。
今日は「善き羊飼いであるイエス・キリスト」を紹介したいと思います。
ヨハネの福音書10章を見ますと、主イエスは「わたしは門です」とおっしゃり、イエスを通って来るものたちのために「わたしはいのちを与え、いのちの豊かさにあずからせる」とおっしゃいました。そして彼らのためには「自分のいのちを捨てる」とまで宣告されました。
ヨハネの福音書10章9-11節(引用:新改訳聖書第三版)
9 わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。
10 盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。
11 わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。
ここで「羊」とはイエス・キリストを信じて救いを得た人々のことだと見ることができます。ルカの福音書15章を見ると有名な「羊飼いのたとえ話」が記録されていますが、羊飼いは自分の飼う一匹一匹の羊を本当に愛するのです。主イエスはご自分を「羊飼い」に例えながら、ご自分を信じて救いを得た人々を最後まで守ろうとされる「真の羊飼い」であり、私たちの真実な牧者なのです。
クリスチャンたちが持つイエス・キリストに対する信頼は、羊が羊飼いを信頼しついていく姿のようです。主イエス・キリストの永遠の愛と、その恵の中に留まることこそ、主イエス・キリストに召されて救われた者の人生です。主の中に留まっている時、私たちは真の平安といのちの充足を味わうことになります。
また10章16節において、主イエスはこのようにもおっしゃっておられます。
16 わたしにはまた、この囲いに属さないほかの羊があります。わたしはそれをも導かなければなりません。
イエス様は今なお、ご自分の羊をこの世界の中で探しておられます。ご自分の囲いの外にいる可哀そうな羊たちのことを、主は常に心配し、悩み、そして愛し続けるのです。そうしてご自身の救いの御手を、その羊のために伸ばしてこられるのです。
この記事を読まれる方々が、幸いなる主イエスの御手につかまれ、救いの囲いの内に入れられるお一人お一人となられますように。そうしていのちの充足と喜びに満ちた人生を、主イエスから受け取られますように。心からお祈り申し上げます。
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