メッセージ

わたしの父は今に至るまで働いておられます。わたしはいのちのパンです。


2022年03月20日

四旬節第三主日メッセージ
範囲:ヨハネによる福音書5章から6章

(説教の抜粋)
ヨハネの福音書5章17節
17 イエスは彼らに答えられた。「わたしの父は今に至るまで働いておられます。ですからわたしも働いているのです。」

私たちはよく安息できていますか?
安息日は創造主からのプレゼントのようなものであり、神の祝福と恵み、平安の下で安息するために定めてくださった特別な日でした。しかし堕落した世界の下では、誰一人として真に安息できる人はいませんでした。人間を創造し、安息日をくださった父なる神様にとって、それはどんなに悲痛な現実だったのでしょうか。「わたしの父は今に至るまで働いておられます。」と父のひとり子が証言されるほど、父はこの世界にまことの安息をもたらそうと救いの歴史を働いておられるのです。愛する人間たちが安息しないのに、父ご自身は安息などできないのです。誰一人滅びることを願われない父は、救いのために一生懸命働かれる愛の神様です。主イエス・キリストのお働きのすべては、この父なる神様のお働きなのです。御子は父の慈しみとやさしさ、そして悲しみをもって、この安息日を働かれ、かわいそうな病人に目を留められたのです。

ヨハネの福音書6章35節
35 イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。

イエス様に葛藤したユダヤ人は、当時の宗教指導者だけでなく、民衆たちも同じでした。「わたしはいのちのパンです」と言われたイエス様は、罪人たちを救うために、ご自身の命をも与えられる救い主です。後の十字架の死までも予見させる主の御言葉は、いのちを与えるご自身のご性質がとてもよく現されたお言葉だったのです。ですが多くの民衆たちは、お言葉の真意が分からないまま、イエス様の元から去りました。民衆だけでなく、弟子たちの多くの者たちも幻滅して去って行きました。
イエス様は、「人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。(マタイの福音書20章28節)」とおっしゃいました。ご自分の命までも投げ出し、私たちのために永遠のいのちの道を開かれる方、それが私たちの主イエスキリストです。

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